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オリジナルGT40のスタイリングを再現するために取られた手法とは?

現代に甦った フォードGT vol.1

それは40年前と同じだった…

2000年代に始まったフォードの復刻物語。その中の一台であるスーパーカー・フォードGTについて。

更新日:2025.09.17

文/石山英次 写真/フォードモーター

サンダーバード、フォードGT、マスタングと続くフォードの復刻物語

 2001年にサンダーバードが復刻を果たし、続く2002年のデトロイトショー。その会場でフォードはGT40の再現版プロジェクトの存在を明らかにした。そして、計画がすでに発進していることを示すべく、その45日後にGT40コンセプトと名づけたプロトタイプが公開された。

 ただし、この時点での製作者が描いていた図は、のちの計画進行とは異なっていた。フォードは翌2003年に創業100周年記念を控えており、そのイベントに再現版GT40をワンオフに近い形で完成させて展示するというのが彼らの目論見。つまり、それなりの台数を量産して市販するつもりは全くなかった。

 ところが、それを変更せざるを得ない事態が起こった。当時フォードのCEOに就任したばかりのウイリアム・クレイ・フォードJr.が、GT40コンセプトを見ていたく気に入り、量産化せよとの号令を下したのだ。

 なにせ新社長、なにせ創業家の直系の御曹司の鶴の一声である。量産は前提とせずに開発を進めていた技術陣は、慌ててそちらに舵を切りなおすことになった。

 こうして再現版GT40計画は修正を加えられつつ急ピッチで進み、翌2003年3月10日に3台の実走試作車輌が完成。6月の100周年イベントにそれが展示されることになった。また、このとき2004年春からの量産開始がアナウンスされる。そして、その年の秋には顧客の元にデリバリーが始まった。

▲2004年に登場したフォードGT。もともとはイベント用のコンセプトカーであったが、4500台の限定モデルとしてデビューすることになる。

▲ベースになったのは往年のフォードGT40。だが車体は当時よりもひと回り大きくなっている。

 フォード復刻物語第二弾となるフォードGTという名のV8ミドシップ車が2004年に発売された。

 ただし、これだけでは数多あるミドシップ・スーパーカー登場のニュースのひとつに過ぎない。しかし歴史を振り返ってみると話はそれだけでは終らない。まずそれはアメリカの生まれの初のシリーズ生産スーパーカーであった。

 84年にGMがポンティアック・フィエロというミドシップ車を発売しているが、これが積んでいたのは直4とV6で、クルマ自体の狙いも高性能スポーツではなく、あくまでスポーティな2人乗りコミューターという位置づけ。そしてまたそれ以上に意味深かったのは、このクルマががあのGT40の再現版であることだった。

 GT40とは、1964年にフォードが作り上げた2座ミドシップのレーシングマシンである。それは、その前年にフェラーリ買収を断念したフォードが、ル・マン24時間など欧州の有名レースにおいてフェラーリの鼻を明かすためにそれは企画された。

 そしてGT40は、参戦の1964年こそ熟成不足で勝てなかったが、翌65年からは連戦連勝で欧州のレースシーンを席巻することになる。

 そのインパクトはレース世界以外にも波及した。欧州でGT40のようなクルマ、すなわち大排気量エンジンをミッドシップに積む高性能マシンを作ろうという動きが起きたのだ。

 その最初のリアクションはイタリアで形になった。高性能GTメーカーとして立ち上がったばかりのランボルギーニという新興が、社の自慢のV12エンジンをミッドに積んだクルマを作った。そのクルマの名はミウラと言う。

▲ミウラの設計者ジャンパオロ・ダラーラが応えているように、ミウラのコンセプトは「公道を走るGT40」だった=ミウラはスーパーカー時代の幕開けを宣言した名車であるが、その出発点はGT40だった。

▲GT40は、64年にフォードが作り上げた2座ミドシップのレーシングマシン。その前年にフェラーリ買収を断念したフォードが、ル・マン24時間などの欧州の有名レースにおいてフェラーリの鼻を明かすためにそれは企画された。65年からは連戦連勝で欧州のレースシーンを席巻することになる。

▲GT40誕生からちょうど40年が経った2004年に、その再現版が遂にデビューする。その名もフォードGT。その姿は、一瞬、当時の面影そのままに…、と見間違うほど精巧なものだ。だがその実、よくよく見ていくと……。

 ミウラの設計者ジャンパオロ・ダラーラは取材に応えてミウラ企画の出発点をこう語った。

「それは公道を走るGT40でした」

 ミウラは大排気量マルチシリンダーをミドに積むだけではなかった。GT40のいまひとつの技術的特徴である鋼板溶接構造の車体形式を採用していた。当時のイタリアの高性能車は軒並み馬車以来の鋼管フレーム構造。ミウラはその点でGT40が示唆した新時代のエンジニアリングをきっちりとトレースしていたのだ。

 そしてミウラに続いて、デ・トマゾ・マングスタが登場。フェラーリもディーノgt、次に12気筒を積む365BBを送り出した。これに対してランボルギーニはミウラをカウンタックに世代交代させる。

 こうしてスーパーカーという商品ジャンルが確立し、スーパーカーの時代が始まった。幕開けを宣言したのはミウラで、そのミウラのスタート地点はGT40だった!

 こうして生まれた公道用高性能ミドシップこそが時代の先端という潮流は、イタリアだけでなくフランスにも英国にも、そしてアメリカにも伝播していくことになった。GMはコルベットのミッドシップ化を何度もトライする。それは66年のアストロIに始まり、70年代まで水面下で続けられ、ロータリーを搭載する試作まで行われた。同じころAMCは元フェラーリ技術者の助けを借りてAMX/3という試作を作って発表まで持っていった。

 当のフォードも負けてはいない。まずGT40の公道仕様コンバージョンを図りし、それが失敗に終わるとマスタング・マッハIIなどの試作を行った。

 しかし、そうして積極的だったにもかかわらず、アメリカからミッドシップ・スーパーカーがリリースされることはなかった。操縦性の難しさやコスト高が、市販化を阻んだのだ。

 そして時は過ぎ、GT40誕生からちょうど40年が経った2004年に、その再現版が、ついに世に登場したことになる。

後編に続く

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